楢山節考

『楢山節考』を読んでいる
映画化もされ、欧米で絶賛された「姥捨て山」伝説である。

69歳のおりんは、歩いて山を越え向こう村まで行けるし、
一本も虫歯が無く、やまべ(山魚)もたくさん採れる、火おこしも上手い。
それでも、70歳になったら静かに世を去らなければならない、
自分の元気な身体がいとわしくて、
火打石で歯を折るのである、なんど叩いても欠けもしない丈夫な歯。

私も、歩いて六甲山は越えられるが、歯は年相応に弱い。
どんどん、食べられるものが限られるようになってきた。
老いていくことは受け入れるが、それでも、悲しい現実である。

丈夫な老人が、達者で幸せに暮らしていけるのは、飢えの問題が克服されたからである。
(世の中のすべての人々が、飢えで死ぬことの無いような、そんな世界にならないものか)
しかし、『老いの壁』で養老孟司と南伸坊が指摘するように、
80歳になっても90歳になっても、先のことを考えて思い煩う今の世の中は少しおかしいかもしれない。
もっとお金を、もっと若さを、もっと元気さを、もっと美しさを、って。

週末のテニスは、大差で勝った。
同じ相手に苦戦したかと思えば、簡単に勝てる日もある。
テニスって本当に不思議。
でも、一方的に負けることが無くなったのは、少しずつミスが減っているのかもしれない。
練習しても、練習しても、なかなか結果につながらないが、
「少しずつ」を信じて、もっと安定したテニスができるようがんばりたい。

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Commented by matsunorida at 2017-04-24 21:39 x
書いてみてちょっと視点が違ったかなと思いましたが其のままUpしますね。老人が『いつまでも生きてはおれない』っと思う世の中は健全ではない、老人はその長年の経験から紡ぎだされる教訓や教えを基に良い意味でもっと威張ってもイイと思うのです。年配者になるにつれて肩身が狭くなると言うのは民度として脆弱な氣がします。僕にはそんな風に読みとれました^^;
Commented by take_velo at 2017-04-24 21:58
『老いの壁』は、老年になった2人の著者が、引きぎわを考えることも必要って語っています。私も老年になるにあたって、若い人に道を譲るべきこともあるかなあ、と思います。若いMatsunoridaさんのコメントも、正しいと思います。ちなみに『楢山節考』を読み始めたのは、『老いの壁』に出てきたからです。
Commented by matsunorida at 2017-04-25 20:12 x
なるほどですね、タケさんのおっしゃる老いはタケさんご自身の視点でありボクの視点は余生を過ごす老齢期の方の視点でしたのでラグがあったのかもしれませんね^^;若くないボクもクラスではヤングに道を譲っていますのでなんとなくわかる気がします(笑)その2冊、読んでみたいです
Commented by take_velo at 2017-04-25 20:41
> matsunoridaさん
楢山節考は、娘はそんなもの読まないで、と真剣に怒ります。若い人たちは本当に優しいです。ちょっとつらい話ですけど、食料の無い中での究極の選択、山から戻ってきたおぱあさんが家の中に入れてもらえずおいおい外で泣いている話など、飢える人がいなくなる世の中であってほしいと思います
by take_velo | 2017-04-24 21:11 | 最近読んだ本 | Trackback | Comments(4)

テニス・ボクシングのことを中心に思うことをつづってます。Pコーチはプライベートコーチの略、SPコーチはシングルスプライベートコーチの略です。長ったらしくなるので。


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